その火はお前の心の命だ

この1ヶ月は怒涛の制作期間。だいぶ落ち着いた〜!

大好きな仲間のバンドのフルアルバム制作、
大切な先輩のCMソングアレンジ、
同じく大切な後輩のCMソングアレンジ、

どれもなかなかいい仕事ができたんじゃないかなと思います。
(公開されたらここでもお知らせしますね!)

それと、昨年の今頃、
シンガーソングライターで
YouTuberで
小川町の町議会議員
「稲村壌治」さんと
一緒に制作をしたこちらの作品も、素敵なMVが公開されました。

一生懸命作った作品が、こうして多くの人の目に届くように結実するのは本当に嬉しい!

このMVを作ることがどれほどに大変で、時間と労力を要するものかを、
骨身に染みて知っているからこそ、嬉しい。泣けるよ。

そんなジョージが、SNSの投稿で書いていたことなんだけど

日々に追われくよくよすることもあるけど
やっぱり改めて思う!
一生感動したい
そして一生感動を伝播させたい

これだよなぁ、ほんとそうだよなぁって思う。

大人になると「やらなきゃいけないこと」が多くなりすぎて、
それですごく疲れちゃうし、
必然的に「やりたいこと」に向ける意欲や時間が削られてしまう。

「やらなきゃいけないこと」をやるのも、それなりに充実しているし、
誰かの役に立つことが多いので幸せも感じられる。

でも「やりたいこと」をやらない日々っていうのは
確実に自分の心のエネルギーを疲弊させていく。
それが底をついちゃうと、夢とか希望が失われて、
人は心を病んだりしてしまうんだ。

日本人の大人たちはここを見落としがちだ。
仕事がきついとか、休みが少ないとか、なんか無気力とか、
心を病む原因は多く言われるけれど、
本当にやりたいことやってない症候群っていうのもあるんじゃないかな。
それは欲求を満たすっていう即物的な話じゃなくて
「自分が心から感動できることをする」
ってことなんじゃないかな。

4月末から続いた、自分の怒涛の制作期間。
僕はブログの更新も、はるどりの曲の制作も、置き去りで仕事に打ち込んでいた。
スケジュールが厳しかったのは確かだけど、そんなのは言い訳だ。

忙しい日々、長い労働時間に、どこか満足していた。
「頑張っている自分」「他人に必要とされる自分」に酔っていた。

仕事は楽しいよ、誰かに必要とされるのは嬉しいよ。
報酬もあるし、信頼関係も築けるし、
将来や生活のためにも打ち込む価値があるよ。

それでも、自分の表現活動を置き去りにしてきたことで、
いつの間にか削られているものがある。
それは「自分の音楽が大好きだ」っていう、
根拠のない自己肯定感の源だと思う。

仕事にばかり打ち込んでいると、どうしても「誰かに評価されること」に重きが置かれてくる。
必然的に「自分が心から感動できるかどうか」は二の次になってしまう。
どっちが大事かじゃなくて、どっちも大事。
だって、僕は「大好きな音楽で人を幸せにしたい」
「大好きな音楽できればそれでいい」わけではないから。
「人を幸せにできればそれでいい」わけでもないから。

このバランスが大事、PFCバランスくらい大事。(←健康情報かじってる人)

どれだけ忙しくても、やりたいことする時間は死守すべきなんだ。
これが、本当に本当に難しいから、日本の大人たちは心を病むんじゃなかろうか。
この国では「誰かに評価されること」が大切にされすぎていて、
「自分の心の声を聞く」習慣がない人が多いように思う。

会社勤めに限らず、ミュージシャンだって同じようなもんだ。
大人はみんな大変なのさ。全部円安のせいさ。

忙しくて目がまわる日も、しんどくて泣きたい日も、
「なりたい自分になるため」薪をくべよう。
その火は容易く弱くなって、見つけるのすら簡単じゃなくなる。
その火はお前の心の命だ。その火を絶やすな。

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