かけがえないことの証明
父の病状は一進一退、ただ日頃の水泳習慣の賜物か、敗血症という重病に対し非常に善戦していると思う(素人主観だが)。温かいお声がけ、ご心配ご配慮いただきありがとうございます。数年前首の骨を折っても何事もなく復活した、自称「不死鳥」の父。今回も見事乗り越えてくると信じている。
自分は先週末、一旦埼玉に戻った。日常を貪りマイペースを取り戻す日々を送っている。久々にジムに行くと、運動のあまりの気持ちよさに驚いた。やっぱり非日常の中でも運動は取り入れなきゃいけないな、と思う。2025年こそ、体脂肪率15%を切りたい。去年はどれだけジムに通っても17%どまりだった。腹筋を割りたいのだ。15%切ると腹筋はある程度割れてくると高須幹弥が言っていたのそれを愚直に信じて今日もジムへ行く。
今回一大事の最中ながら良かったなと思うことは母とたくさんの時間を過ごしたこと。いつも機嫌良くキッチンで音楽を聴きながら何かしらの家事をしている印象しかなかった母が、家事を放置し、一緒にご飯を食べても自分の食器だけを洗う。話を聞くと、もともと家事全般が嫌いで、仕方ないから音楽をかけてなるべく気分よくやるようにしていたと言う。母の料理は美味しい。帰省の度にものすごい量の料理やおつまみを出してくれる。なのでまさか嫌いとまでは思わなかった。めっちゃ頑張ってくれてたんだな。
あれは好き、これは嫌いと、母の本音を根掘り葉掘り聞いた。
ひとりの人間として母をもっと知ることができた気がして、なんかいいなって思う。
眠る父の手を握りながら「早く帰ってきてよ、ねぇ、いつもみたいに嫌味言ってーや。帰ってきてくれないとケンカもできんやん。ね、早くまたケンカしよう」とヤンキー仲間みたいなこと言ってたけど、ほんとそうだよなと思った。腹を立て、すれ違い食い違い、ぶつかり合って分かり合えなくて、こんにゃろうふざけんなと思うことこそ、相手が自分にとってかけがえないことの証明で、それをひっくるめた日常のすべてが、幸せそのものなんだと思う。
早く帰ってきて、お父さん。

※このブログは2025年1月28日、はるどりのFecebookへの投稿を転載・再編したものです。


