弾き語り、はじめました。
もう何年も、真面目に弾き語りをしてない。
自分はアコギを弾きながら歌を歌うのは好きだ、だけど、バンドやアンサンブルの中でギターを弾いて歌うのが好きなだけ、一人で弾いて一人で歌うのは「楽しめない」「好きじゃない」「向いてない」と、さまざまな経験を経て結論づけていた。そうして数年を過ごしてきたのだけど今年に入ってから「今の自分の夢はなんだろう、なりたい自分ってどんなんだろう?」と考える機会が多くなって、そこに意外なことに「弾き語りのライブをしたい」って素直に思い浮かんだ。
一年半ほど前、週一ライブ配信!と心に決めてYouTubeライブに力を入れたことがあった。その理由は"ミュージシャンとして弾き語りが下手な自分は嫌だ"→”毎週人前でやってれば上手くなるだろう、場数あるのみだ!”→"毎週ライブ配信!"という思考から。
意気揚々と始めたものの、1年経たない頃になんだか続けることが辛くなってしまってやめてしまった。「やっぱり、自分は弾き語りが楽しめない。やりたい、と思っても一時的な感情で継続しない。もう弾き語りの活動はやめよう」と思い至った。それからは、作曲編曲の作業中や、歌のディレクションをするときなどのツールとしては弾き語りを使うけれど、作品としての弾き語りとは縁を切った。(YouTubeで「弾き語り」と書いて出している歌とギターの動画も、実際は歌とギターは別撮りで、いわゆる「当て振り」をしたもの。)
と、、、そんな挫折の残り香もまだ色濃いってのに、僕はまた弾き語りをしたいなんて思ってる。喉元過ぎれば熱さを忘れるにも程があるでしょういい加減にしなさいよあなたは、、、ということで自己分析をした。自分にとって弾き語りとはなんなのだ。決着をつけよう、と。結果、端的に言うと「今の自分」と「去年までの自分」で考えの変化があったのだと実感できた。
去年までの自分は「自分がいかにやりたいことでも、誰からも求められていないことだったらやる意味がない」という価値観のもと、動いていた。だから、「やりたいことをきっちりマネタイズしよう!」という方針だった。
実際、ライブ配信を始めてからはずっと、求められているかどうかを気にしていた。自分のモチベ管理や、練習、新曲作りなど、自分を向上させるための行動もたくさん心がけていたけど、身も蓋も無いことを言えば数字のためだった。数字が前回より良かったら成功、悪かったら失敗。失敗は原因を洗い出して、次へのステップにする。そうしてトライアンドエラーを繰り返し、より観る人が楽しめる配信を確実に形成していく。という感じ。それは商売の観点で見ればそんなに間違っていないと思う。でも終始人目を気にして、自分のやりたいことより「ウケそうなこと」を優先し続けるほどの体力と精神力は自分には残っていなかったんだと思う。
今の自分は「やりたいと思ったことを優先しよう」という思いが強い。人の目や商売は二の次三の次にして、やりたいことをより理想に近い形でやる。ただ自分は何も縛りがないと際限なくサボり続けるのでそれなりのルーティンに従って動いている、が、そこから「他者の評価」「数字」という要素を意識的に切り離している。そりゃあもう頑張って切り離す、気にしないように必死(笑)。SNSを見ない、他の誰かと比べない、今この曲にだけ集中!!!てな具合で。人の目ばかり気にしてきた人生だったので、人の目を気にしないことは至難の業だ、必死になる価値はあるだろう、と自分に言い聞かす(笑)。そうして「自分がやりたい弾き語りはなんぞや?」ということにだけこだわって、練習、録画、視聴、また練習、また録画、、、と繰り返す。これはなかなか悪くないなって思う弾き語りができると「誰かに聴いてほしいな」って自然と思うようになった。きっと、自分のギターの音や歌声が前より好きになってきたんだと思う。なんとまあ初歩的な話かと自分でも書いていておかしいんだけど、去年までの自分にはこれがなかったのだ。愛されないことが辛すぎて、愛されようと必死で、愛することを忘れていた。
僕はきっと弾き語りが「楽しめない」わけじゃない。思い通り演奏できる快感が体に染み付いているから、思い通りに演奏できないのがとても嫌なだけ。ただコツコツ練習すればいいだけだった。
弾き語りが「好きじゃない」わけじゃない。好きだよ、大好きだ。化け物みたいなミュージシャンたちと比べて比べられて卑屈になっていただけだ。あんな風にはできない、勝てない勝負はしないって思っただけ。でも、別に勝てなくてもよくない?僕は"誰より優れた最強の弾き語り"に惚れて始めたわけじゃない。一人の人間がギター1本だけ持って歌う、それだけで音楽っていう世界が眼前に広がる、無限で平等なロマンにこそ、惚れて惹かれたはずだ。
弾き語りが「向いてない」わけじゃない。他者から評価されることは向いていて、されないことは向いてない、と思い込んでいた。向き不向きっていうのは結局のところ「それを楽しめるかどうか」だと思う。楽しめるよ、いっぱい練習すれば・・(笑)
ちゅうことで私、弾き語り、始めました。


