君のために手料理を

東京に越してから折に触れずっと通っているケーキ屋さんがあって、何かのお祝いごとやらクリスマスやらでは、もうそこのケーキがないと満足できない!くらいに依存していた。前は近所だったのだけど今は埼玉に越したのでかなり離れてしまったのもあり、代わりのケーキ屋さんを探し回った。もちろん群雄割拠の関東なので、有名店や口コミがいい店などはさすがの美味しさや華やかさなのだけど、やっぱりあそこのあの味が忘れられない。
先日クリスマスに久々に買いに行ったら、思い出補正などでは全くなく目が覚めるような美味しさ、もう完全にその店から離れる自信がなくなった。
自分はどちらかというと味音痴なほうで、お酒もお肉も米も野菜もスイーツも安いもので十分満足しているし、たまに高いものを買って嗜んでみても違いがわからなかったり、わかったとしても「美味しいけどこの値段を払うほどでは・・・」とあっさりコスパに呑まれてしまうイマドキ中年男性のつもりだ。
そんな自分に、決して安くないケーキを、家から正味2時間以上かけて買いに行く異常行動に駆り立てる、このケーキの神通力は一体なんだ?と真剣に考えた。
正味なところこの数年食べた美味しい店のケーキも味に関しては遜色ないと思う。違うのは食べた時の幸せ感と満足感。心が温もりでいっぱいになる。「素敵なものを食べた」という多幸感が最高の後味になって次の日までも続いている。
これは何かに似ている、覚えがある感覚。
そうだ……「好きな人の手料理」だ!と思い至る。
食べる人の喜ぶ顔を想像して工夫して、健康を願って体に良い素材を選んで、不器用ながら丁寧に作られた温かい手料理。つまり「愛」と「こだわり」がこもっていると感じたのだ。なるほどそう考えると、有名店や口コミの有名店はチェーン店や大規模な店が多い。そういう店の商品に愛がこもってないなんて思わないけれど、やはり個人店のそれとでは分が悪いかと思う。
料理慣れしてない人の手料理と外食でプロが作る料理とを比べると、ビジュアルや完成度に関しては比べるべくもない。が、かけられる時間や思いに関しては圧倒的に手料理に分がある。
自分が通っているケーキ屋さんは、プロの完成度と、手料理の愛とこだわりを兼ね備えており、それを成し得るのが、大規模チェーンやメジャー店にはない、個人店の最大の強みなのではないかと思った。
音楽にも同じことが言える。メジャーとインディーズを見比べるとハッキリわかる。メジャー音楽がメディアや大舞台でキラキラ輝く一方、インディーズ音楽がその陰で熱烈なファン・信者を獲得し続けているのは、先述の仮説を踏まえれば必然の現象だ。
じゃあ自分はどんな音楽家になりたかったんだろう。確かなことは、あの店のケーキみたいに、食べた(聴いた)人が多幸感に包まれて何日も引きずってニコニコしちゃうような作品を作る人でありたいってこと。
器用さよりも、一つの作品に向ける熱量を持っていよう。今年もよろしくお願いします。


